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2021.07.29
家系図を遡る旅の入り口、『仏壇』の起源と歴史

あなたのご自宅には仏壇はありますか?

今回は仏壇について見ていきましょう。

夏休みにおじいちゃんの家で見た仏壇の思い出■


仏壇の引き出しから、おじいさんが書いた家系図が出てきたり、位牌でひいおばあさんの名前を知ったり。

仏壇は先祖を遡る旅の入り口ともいえます。

夏休みに帰省した親の実家で、金ピカの大きな仏壇に驚いた経験のある人もいるのでは。

お線香の香りもあいまって、子どもにとってはとてもミステリアスな空間でした。

 

核家族での暮らしや、とくに都市部では集合住宅での生活が多数派となっている現代、仏壇のない家庭は珍しくありません。

親の家をしまうときに仏壇の処遇に困って専門の業者を探す場合もあるでしょう。

その一方で、洋間に合わせたモダンなデザインの仏壇が人気を集めたり、ペットの仏壇を置く人も現れるなど、やはり日本人には仏壇の存在は意味を持ち続けているようです。

 

仏壇の起源は「玉虫厨子」か■


『日本書紀』によると、天武天皇14(685)年3月27日に天武天皇が「諸國家ごとに佛舎(ほとけのみや)を作り、即ち佛像と経とを置きて礼拝供養せよ」との詔を出した、とあります。

これをきっかけに、寺院だけでなくそれぞれの家でも仏様を祀るようになっていきました。

 

法隆寺の玉虫厨子は、当時の佛舎の象徴的存在でした。

高さは233cm、檜材で作られており(蓮の花弁を彫り出した部分のみは樟材)漆塗装が施されており、扉や羽目板には仏教を主題とした絵が描かれ、細長い部分の金と銅の透彫の下は玉虫の翅で飾られていました。

完成時の美しさは言葉にたとえようもなかったことでしょう。

 

禅僧が持ち込んだ位牌と、蓮如上人の「仏壇のススメ」■

美の匠が粋を凝らした佛舎として仏壇の歴史が始まった飛鳥時代。

とはいえ、ここから平安時代までは、まだまだ貴族や役人など限られた人たちのものでした。

鎌倉時代に、禅僧によって中国の儒教の祭具だった位牌が日本に持ち込まれました。

さらに室町時代に、浄土真宗の僧侶で「本願寺中興の祖」といわれる蓮如上人が、人々に仏壇を持つことを勧めたため、仏壇が一般の信者の間にも広がるようになったのです。

ちなみに、現在でも浄土真宗の仏壇には親鸞聖人とともに蓮如上人の肖像画が本尊の「脇掛」として掲げられるそう。

 

室町時代には「書院造り」という建築様式が完成された時代でもあります。

書院には「床の間」があり、ここに仏画を掛けたり、仏具を置いて礼拝するようになりました。

ここからも仏壇というスペースの感覚が生まれて広がっていったものと思われます。

 

江戸時代には檀家制度とともに庶民にも広まる■


江戸時代になると、仏壇が全国的に広まり、貴族や役人、武士だけでなく、庶民も位牌を祀った仏壇をお参りするようになりました。

仏教と先祖への信仰と葬式が結びついたのは、江戸幕府による宗教政策である檀家制の影響が強いといわれています。

 

慶長17(1612)年、江戸幕府はキリスト教禁止令を出し、キリスト教徒の弾圧を進めました。

転びキリシタンに寺請証文(寺手形)を書かせたのが檀家制度の始まり。

事実上、すべての民が仏教徒になり、檀家として檀那寺に属することを義務づけられるに等しい制度でした。

葬儀やお墓、お盆やお彼岸、法要、仏事など、現代にも続くしきたりは、この檀家制度から生まれたものといえるでしょう。

 

仏壇の構造■


こうして仏壇は、それぞれの家において、仏教徒の証であるとともに、先祖をお祀りし対話するためのものとなっていきました。

とはいえ、仏壇本来の意味は仏具や仏像を置いて、仏様を祀る「台」のこと。

いわば、仏壇は家の中にある小さなお寺のようなものなのです。

 

仏壇の中央にあるくびれた部分は「須弥壇(しゅみだん)」といい「須弥山(しゅみせん)」を表しています。

「須弥山」とは古代インドの世界観で中央にそびえる高い山のことで、仏壇の「須弥壇」も、ここから上は清浄な仏の世界、下は地上界と示す境界と考えることができるでしょう。

 

「須弥壇」の上には「宮殿(くうでん)」があり、そこに御本尊の仏像や仏画が祀られています。

また仏壇の各所が彫り物や蒔絵などで美しく飾られているのも汚れのない「浄土」の世界を表現しているといえます。

 

金仏壇と唐木仏壇■


仏壇には大きく分けて金仏壇と唐木仏壇の二種類があり、一般的に金仏壇は浄土真宗、唐木仏壇はその他の宗派の仏壇とされています。

 

金仏壇は全体に黒の漆塗りが施され、内部には金箔が張られた荘厳な佇まいです。

蓮如上人が家々に安置するように説いた浄土真宗の仏壇は、先祖の位牌を収めるためのものではなく、仏様をお祀りするためのものでした。

ですから仏壇も、寺院のミニチュアのような荘厳な造りがよしとされたわけです。

 

いっぽうの唐木仏壇は、黒檀や紫檀などの美しい木目を生かしたシンプルな仏壇です。

キリシタン禁止令によって、仏壇を家に置くことがなかば義務づけられた際、浄土真宗以外の宗派では、仏壇を仏様を祀ると同時に先祖を祀る場所としても考えていました。

そのため浄土真宗以外の宗派では、金仏壇ではなく唐木の仏壇が普及していったようです。

使われる木材によって趣が異なりますが、いずれも日本の美意識「侘び寂び」に通じる美しさを持っています。

 

令和の時代にも日本人の宗教観や死生観にとって大事な位置を占める仏壇。

この夏は、ご自分のルーツを辿る旅の始めとして、仏壇に着目してみませんか。

実際にお参りできる方は、ご先祖様と仏様へのご挨拶も、どうぞお忘れなく。

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