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2023.12.06
クリスマスイブにパーティをするのは日本だけ? 日本のクリスマスの歴史

日本のクリスマスの歴史

 

筆者にはイタリア在住の友人がいますが、

彼女が毎年この季節に言及するのは

「こっちにはクリスマスイブというのはない」

ということです。

 

つまり「クリスマスイブ」

むしろクリスマス自体より大事な

イベントとして楽しみにしたり、

ケーキやチキンを買いに走ったり、

ホームパーティを開いたり、

恋人同士ならデートをしたり、

というのは日本固有の文化である、と。

 

批判的にいっているのではなく、

懐かしさと望郷と、

それでもやはり海外から見れば特殊だな

という感慨を込めているようです。

 

では、日本にはどのようにしてクリスマスが広まり、

行事として根づいていったのか、

例によって調べてみました。

 

 

 

クリスマスはイエス・キリストの誕生日ではないという事実

 

本来、クリスマスは「キリストの誕生日」ではなく

「キリストの生誕を記念する日」である、

と聞くと、

幼稚園の生誕劇はなんだったんだろう、

と思いませんか。

 

たしかに新訳聖書には

キリストの誕生の物語は描かれていますが、

その日は12月25日である、

という記述はありません。

 

古代ローマでは太陽を祈りの対象とする

ミトラ教が広く信仰されていました。

 

ミトラ教では冬至の日に太陽が死に、

その翌日に復活すると信じられていたのです。

 

その太陽の誕生日を祝う行事が、

キリスト教の広まりとともに

クリスマスに変化したと考えられています。

 

また、ゲルマン人などが冬至を祝うお祭りに

ユール」というものがあり、

これもまたクリスマスの起源の一つ。

 

北欧ではいまでもクリスマスを

ユール」と呼ぶ地方があるそうです。

 

 

 

日本にクリスマスを持ち込んだのは宣教師フランシスコ・ザビエル

 

それではいよいよ

日本のクリスマスの歴史について見ていきましょう。

 

日本にキリスト教を伝えたのは、

天文18(1549)年にイエズス会の宣教師として訪れた

フランシスコ・ザビエルですが、

クリスマスを持ち込んだのも彼だったのだとか。

 

天文21(1552)年、フランシスコ・ザビエル

いまの山口県である周防

キリストの降誕を祝うミサを行いました。

 

これが日本で祝われた

初めてのクリスマスだといわれています。

 

しかし、日本ではその後キリスト教は

邪教として禁じられました。

 

そのため、開国するまではクリスマス

隠れキリシタンの間でひそかに行われる程度だったようです。

 

 

 

明治時代、正岡子規が詠んだクリスマス

 

明治時代に入り、

キリスト教の禁は解け、

クリスマスも改めて日本に入ってきました。

 

いち早く生活に取り入れたのは俳人の

正岡子規だったそうです。

 

明治25(1892)年に

彼が初めて詠んだクリスマスの俳句

 

臘八(ろうはち)のあとにかしましくりすます

 

臘八という厳粛な仏教の行事のあとに

クリスマスがやってくる、

という意味のようです。

 

その4年後には、

 

八人のこどもむつましクリスマス

 

という微笑ましい句を詠んでいます。

 

「クリスマス」は初めての

カタカナの季語になりました。

 

 

 

銀座の最初のクリスマス

 

横浜で創業した明治屋は

明治33(1900)年に銀座に出店、

クリスマス商品を発売しました。

 

このときからクリスマスが

広く知られるようになっていきます。

 

大正元(1912)年に発表された木下利玄の歌に、

 

明治屋のクリスマス飾り灯りともりて煌(きら)びやかなり粉雪降り出づ

 

があります。

輝くクリスマスイルミネーション粉雪

モダンな銀座のホワイトクリスマスですね。

 

 

 

大正天皇祭とクリスマス

 

大正15(1926)年12月25日

大正天皇が崩御、

後に同日が大正天皇祭として休日に定められました。

 

クリスマスが休日となったわけで、

クリスマスの習慣が

さらに日本に普及することとなりました。

 

日本はクリスマスを祝日としない

数少ない国の一つですが、

上の理由で

昭和2(1928)年から昭和22(1947)年まで、

12月25日は休日だったわけです。

 

 

 

ベビーブームとクリスマス

 

第二次世界大戦が終わり、

日本にもベビーブームが訪れ、

こどもの数が爆発的に増加しました。

 

洋菓子店の不二家は

昭和25(1950)年ごろに

「クリスマスケーキ」の原型を

作ったといわれています。

 

おとうさんが24日に買って帰る

クリスマスケーキを囲んで家族だんらん、

という日本独特の「クリスマスイブ」の始まりです。

 

 

「きよしこの夜」

「もろびとこぞりて」の賛美歌も

日本のこどもたちは

クリスマスの童謡のように歌っていました。

 

その夜こどもたちが寝るとサンタクロースがやってきて、

こどもたちの枕元に

クリスマスプレゼントを届けてくれます。

 

筆者は団塊の世代より年下ですが、

昭和のこどもの一人。

 

24日には

不二家のクリスマスケーキを食べ、

25日の朝には

クリスマスプレゼントに大喜びしていました。

 

「赤鼻のトナカイ」の歌が好きでよく歌っていたのを覚えています。

 

 

 

ユーミンの歌でクリスマスは恋人同士のイベントに

 

高度経済成長期でもあり、

デパートのクリスマス商戦は過熱しました。

 

そして1980年、

ユーミンこと松任谷由実

『恋人がサンタクロース』をリリース。

 

曲のヒットとともに、

クリスマスは恋人たちのイベントになり、

男の子はアルバイトで貯めたお金で女の子に

ブルーの箱に入ったアクセサリーを

買ってあげなくてはならなくなりました。

 

バブル期が始まり、

クリスマスには

ラグジュアリーなホテルにお泊まりデート、

なんていう恋人たちも。

まさに、日本独特のクリスマスの発達でした。

 

コロナ禍を経て2023年現在、

クリスマスはまた

「おうち」でのイベントに落ち着いていますが、

キリストの生誕を祝う行事としてのクリスマスは、

日本では教会でしか行われていないといえるでしょう。

 

宗教と信仰の自由は

もちろんなくてはなりませんが、

基礎教養として

イエス・キリストについて知る日とするのもよいかも知れません。

 

 

 

 

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