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2023.10.31
戸籍法と同い年 日本の新聞の歴史

身近な文献としての新聞

 

家系図を作成することは、

家の歴史を紐解き、

自分のルーツを辿ることです。

 

最初の手がかりである戸籍の取得から

家系図そのものの作成は、

わたしたち家系図ラボにお任せいただくとして、

それは骨組み。

 

家系図ラボでも

ご先祖様方の本籍地や名字について可能な限り調査し、

ブックにまとめて家系図とともにお届けしますが、

その先の肉付けの部分をご自身でコツコツと調べることも

また楽しいものではないでしょうか。

 

家系図作成を含めて、

ルーツを辿る旅は

家族や親族のコミュニケーションのきっかけとなり、

家系や自分のアイデンティティを確かにする

インナートリップともなり得ます。

 

悠々自適世代の方々だけではなく、

働き盛りにある方々やそのお子様方の世代にも

ぜひともお薦めしたい「旅」です。

 

以前のブログでそんな旅の案内として

図書館の利用ガイドを載せました。

 

今回は、図書館で調べる文献として、

読みやすく身近で、

会話のタネとしてもおおいに使える

「新聞」について触れたいと思います。

 

 

 

図書館で調べるときは縮刷版やマイクロフィルム、CD-ROMも

 

毎日発行される新聞は、

家で保管しておくにも大変なスペースが必要なものです。

 

図書館では縮刷版やマイクロフィルム、

CD-ROMなどで保管していますから、

資料室やレファレンス室で、

閲覧したい年月日をもとに探してみましょう。

 

日本の主要な新聞の創刊年は、

 

毎日新聞 明治4(1871)年

読売新聞 明治7(1874)年

朝日新聞 明治12(1879)年

 

となっています。

 

たとえば国立国会図書館では

この三紙の創刊号から

現在までの記事のデータベースを

閲覧することができます。

 

国立国会図書館が運営しているホームページ

「リサーチ・ナビ」

「新聞記事データベースの使い方」をご参照ください。

 

三紙以外にも

いくつもの新聞のデータベースにアクセスできます。

 

https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-1085.php

 

自分の家系の記念すべき日のニュースや

話題になっていた出来事などを調べると、

社会状況や世相がわかります。

 

先祖が生きた時代を知るための

有意義な外部資料となるでしょう。

 

地方紙について調べたいときも、

新聞によってはインターネット上で

記事を検索できる場合もあります。

 

上記「リサーチ・ナビ」

全国紙等の記事索引・検索サービス」を

紹介しているページが参考になるでしょう。

 

https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-700003.php

 

 

 

新聞のはじまり

 

上に日本の主要三紙の創刊年を記しましたが、

いちばん古い毎日新聞明治4(1871)年の創刊です。

 

この年は、

日本で初めての戸籍法が制定された年でもあります。

 

新聞の歴史戸籍の歴史

同じ年に始まっているというのも

興味深いことですね。

 

世界レベルでの新聞のはじまりというと、

古代ローマで広場に張り出された

政府広報「アクタ・デウルナ」で、

蝋を塗った木版に記されていたそうです。

 

紙で作られたのは中国は8世紀、

唐の時代に発行された「邸報」が最初。

 

15世紀ドイツ

ヨハネス・グーテンベルクによって

活版印刷が発明され、

ヨーロッパであいついで

週刊新聞や日刊新聞が創刊されました。

 

当初の新聞は言論弾圧のために高い税金がかけられていたので、

ブルジョワジーしか読めないものでしたが、

19世紀に入り、新聞に対する税金が廃止され、

印刷機が発達したこともあり、

労働者階級にも新聞が広まったのです。

 

 

「大(おお)新聞」と「小(こ)新聞」

 

日本では江戸時代に

時代劇でもお馴染みの瓦版が始まりました。

 

瓦版を面白く読み聞かせながら

売ることや売る人を「読み売り」といい、

幕末には長編の事件物も売られて、

明治の「演歌師」に引き継がれていったそうです。

 

読売新聞」にも名前を残していますね。

 

明治時代に入り、

戊辰戦争で国内に混乱が広まると

人々がニュースを求め、

各地に新聞社が立ち上がりました。

 

政府は、新聞による政治への批判を抑えるために

明治2(1869)年「新聞印行条例」を発布。

検閲を通った新聞のみに発行を許しました。

 

明治4(1871)年、

日本初の日刊紙「横浜毎日新聞」が創刊。

 

現代では歴史ある新聞社の発行部数の大きな新聞のことを

「大(だい)新聞」ということがありますが、

明治時代には「大新聞」と書けば

「おおしんぶん」と読み、

インテリ層に向けて政治を論じた新聞のことを指しました。

 

「横浜毎日新聞」「大新聞」で、

活版印刷で一枚刷りされた紙面を

欄で区切ったいまの新聞に近い形でした。

 

対する「小(こ)新聞」は大衆向けで娯楽中心、

サイズと値段も大新聞の約半分。

 

後発ながら政治に風刺を利かせて、

庶民に親しみやすい記事を掲載したため、

人気を集めました。

 

読売新聞朝日新聞

この小新聞から始まったものです。

 

 

 

日清・日露戦争がきっかけで論説中心から事実報道へ

 

明治17(1894)年、

日清戦争が始まると戦争の状況が新聞に掲載されるようになり、

発行部数が一気に伸び、

新聞の社会への影響力が強まりました。

 

明治34(1904)年に始まった日露戦争時には、

新聞はさらに一般庶民の興味を集めます。

国内外や一般社会でなにが起こっているかを

迅速に伝える事実報道がより強く求められるように

なっていきました。

 

第二次世界大戦を経て、

日本国憲法の制定により「表現の自由」が認められ、

現代の新聞のスタイルが作られていきます。

 

経済の発展とともに発行部数も伸び、

もっとも多い読売新聞では1000万部に達しました。

 

しかし2010年代に入ると各社とも発行部数が低下。

 

インターネットとスマートフォンの普及によるものと

考えられますが、

各社は電子版への移行に力を注ぎ、

コンテンツの購読者という角度から見れば

実質的な「発行部数」は増加しているともいえるのが現在の状況です。

 

 

明治時代と現代を結ぶメディアとしての新聞

 

わたしたちは戸籍を遡ることにより

自分自身への血の繋がりを幕末まで辿ることが可能です。

 

家系図はその流れを視覚化して見せてくれるものでもあります。

 

いっぽう、

明治初年から発行が続いている新聞というメディアも、

一日たりともとどまることのない大きな流れに他なりません。

 

新聞という大河に家系の流れを平行させたときに

見えてくるものが必ずやあることでしょう。

 

図書館で、データベースへのアクセスで、

驚きの発見をどうぞ体感してください。

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