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2021.05.06
日本の名字は、なんと30万種類!では韓国や中国の名字の事情は?

日本には、推定で30万種類もの名字があると言われています。

名刺交換をしたときに、初めて見る名字に出会うことは珍しいことではありませんよね。

では同じ漢字文化をもつ中国や韓国の名字は、どのようになっているのでしょうか?

 

日本の名字はバリエーション豊か

日本の名字の種類は、一説には10数万種類、なかには30万種類近いという説もあるそうです。

名乗る人が多いとされる「佐藤」や「鈴木」でも、日本の総人口からしたらわずか2%程度。

西日本では、佐藤君や田中さんが一人もいないクラスもあるとか。

逆に、知り合いに珍しい名字の人がいることはそう珍しくありません。

テレビのバラエティ番組では、名字研究家と印鑑屋さんが珍しい名字をめぐるバトルを繰り広げています。

私たち日本人は、名字のバリエーションの豊かさを日常生活でも十分味わっているわけです。

では、日本に漢字文化をもたらした中国と、同じ漢字文化を持っている韓国の名字はどうなっているのでしょうか?

 

中国は人口は10倍なのに名字の種類

中国の人口は日本の10倍ですが、名字はなんと4,700種類ほどしかありません。

中国の名字のトップ3は「王」、「李、「張」。

中国公安省の統計によると、首位は「王(総人口に占める割合は7.25%)」、2位は「李(同7.19%)」、3位は「張(同6.83%)」となっています。

上位3位の合計は、総人口の21%強を占めるそうです。

日本の「佐藤」「田中」が総人口の2%という話と比べると、この数字が中国の名字の種類の少なさを表していることがわかります。

4位以下は劉、陳、楊、黄、趙、呉、周の順。

上位100位の名字で総人口の85%を占めるとか。

 

韓国はトップ3の名字で人口の半分、歴代の大統領も

韓国と北朝鮮の人口を合わせると日本の半分強になりますが、名字の種類は中国の10分の1しかないそうです。

トップ3は「金」、「李」、「朴」です。

この三つの名字を名乗る人は、なんと総人口の45%なんだそうです!

つまり、韓国人の約半分が「金さん」か「李さん」か「朴さん」であるわけです。

歴代の韓国大統領にも、御三方ともいらっしゃいますよね。

韓国で実際に使われている名字は200から300ともいわれているそうです。

韓国映画を見ていると、役名でも俳優の名前でも同じ名字を繰り返し聞きますが、この話を知ると納得がいきますよね。

 

同姓同名の悩みも

中国や韓国・北朝鮮の名字が、日本と比べてこんなに少ない理由は大きくわけで二つあるそうです。

一つには一文字の名字が伝統であったこと。

二つめは、中国や韓国では名字が代々同じ形で受け継がれていること。

日本のように、自分で地名などから名字を名乗ったり、分家して名字を変えたりすることがなかったようです。

名字が少ないということは、同姓同名の人と出会う確率も高いといえます。

中国や韓国では、同姓同名で紛らわしいという悩みが生じることも多いのではないでしょうか。

 

「さいとう」さんだけで85種類も!

日本は、名字については、思いのほか自由な国といえるのかも知れません。

同じ名字でも。表記の違いがあったり、時代とともに変遷したり、届け出や受理の際の誤表記によってバリエーションが生まれたりもしたようです。

たとえば「さいとう」さん。

知り合いの「さいとう」さんたちの表記がそれぞれ違ったりしませんか。

「さいとう」の「さい」だけで、85種類の文字があるとか。

「わたなべ」さんの「なべ」はもっと多く、200種類の異体字があるそうです。

どのような表記であってもその家系にとっては大切なアイデンティティ。

家系図を作成するときにも十分に留意したいものです。

 

「姓」と「名字」の違いって?

名字と名前を合わせて「姓名」といいます。

現代の私たちは一般的に「姓」は「名字」と同じものと受け止めていますが、その始まりは異なるものでした。

日本の天皇には「姓」はありません。

天皇は「姓」を与える側だったからです。

天皇は血縁者に「姓」を与えて臣下としました。

平安時代には「平」「源」「橘」「藤原」が「四姓」とされて、政の中心を担っていたのです。

時代が下るとともに、それぞれの姓から有力者が続々と登場し、姓だけでは区別がつきにくくなりました。

そこで彼らが自ら名乗りはじめたのが「名字」です。

 

名字は地名から

これは現代の話ですが、冠婚葬祭の席で親戚が集まると、みんなが同じ名字で紛らわしいため、地名をつけて呼ぶことがありませんか。

「山梨のおじさん」「福井のおばさん」などというように。

平安時代にも同じ姓の人たちが、おのおの地名を名乗りはじめ、それが名字となったのです。

たとえば、藤原家なら、九条通に住んでいるから「九条」、鷹司小路に屋敷があるから「鷹司」。

平氏では、三浦半島に住み着いたから「三浦」、千葉が領地だから「千葉」。

平安時代以降もこの傾向が続き、一般化していきました。

日本の名字には地名由来のものが多いのは、こういうわけです。

 

明治以降の名字

明治政府は諸外国と肩を比べるため、さまざまな施策を打ち出していきます。

その一つが『戸籍制度』でした。

人々は戸籍に登録するために自ら名字を名乗ることになりました。

政府はこれを「氏」としましたが、その多くは人々が江戸時代にすでに持っていた「名字」だったのです。

 

現在戸籍を辿ることができるのは江戸末期までですが、私たちの名字は、戸籍が作られる以前から受け継がれてきたものです。

家系図を作成することの醍醐味の一つは、名字のルーツ探しであるといえるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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