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2023.11.02
日本の現在の住所表示は「住居表示」━━━ その意味は?

日本の現在の住所表示は「住居表示」━━━ その意味は?

 

年配の人と話しているとき、

いまでは遣われていない

古い町名や地名を聞くことがあります。

 

たとえば東京都の南麻布にある親戚の家について、

父親はいつも「笄町(こうがいちょう)」

表現していた、というように。

 

友人からの年賀状の差出人の住所が変わっているので

引っ越したのかと思ったら

町名変更があった」と文面に書かれていたことも。

 

戸籍を取り寄せたときに

両親の本籍地の表記が

自分のそれと違っている場合もあります。

 

以前の地名や町名を呼び慣れていた人たちからは

「趣がなくなった」

「わかりにくくなった」

「土地勘が薄れてしまった」

などの不評を買うことも多いと聞く

「住所表示変更」

 

いつごろから行われているのでしょうか。

 

 

 

「字名」と「地番」の住所表示で生じた不便

 

明治時代以降の日本では

「字名(あざめい)」

「地番」で住所を表示するのが

慣例となっていました。

 

「字名」とは市町村の後につく名称で、

地番の前の部分になります。

 

江戸時代から用いられ集落ごとにつけられ、

より大きな集落には

「大字(おおあざ)」が用いられました。

 

「地番」は明治時代の地租改正から始まりました。

 

各地域の住民たちの手で全国一斉に測量が行われ、

結果が得られた地域から

政府が土地ごとに番号を振っていきました。

 

そして、江戸時代からあった

「字名」「地番」の組み合わせで

住所を表記するようになったのです。

 

しかしこの方法では区画割りが変更されたり

都市部の住宅が密集すると

不便が生じるようになりました。

 

町の境界が複雑で不明確、

一つの市町村に同じか似た町名がある、

土地の並ぶ順番と地番の順序とが一致しない、

同一の地番の上に多数の住居がある、

といったことのために、

郵便物の配達などに支障をきたすようになったのです。

 

 

 

「住居表示に関する法律」の施行

 

これらの状況を解消するため、

昭和37(1962)年

「住居表示に関する法律」が定められました。

 

この法律によって、

日本の住所表示はそれまでの

「地番方式」から「住居表示方式」

変更されたのです。

 

変更は東京の都心部から始まり、

江戸時代からの地名の多くが

新しい町名へと変わっていきました。

 

冒頭の「笄町」「南麻布」

なったのもその一例です。

 

住民の生活はもちろん、

行政、警察などの公共事業、

郵便事業、運輸業、地図を出版する会社など

多くの産業にも大きな影響を与える変更でした。

 

法の施行の当初は10 年ほどで

全国的に住居表示への変更が実施される予定でしたが、

その期間は長引き、

ピークは1970年代。

 

その後も漸進的に行われ、

都市や地域の開発にともない、

現在に至るまで変わりつづけています。

 

 

 

住居表示をしない京都市の独特な住所表示

 

海外と郵便のやりとりをするとき、

住所に「Ave.」「St.」の略号を

見ることがないでしょうか。

 

世界各国では住居表示に

街路名や通りの名前を含む

「道路表記」が多く使われているのです。

 

日本では京都市や北海道の一部などをのぞき、

道路表記は使われません。

 

京都市では「住居表示」はせず、

他の都市とはまったく違う

独特の住所表示をしています。

 

京都市の地図を見ると、

向かって右側が「左京区」

左側が「右京区」となっています。

 

これは平安京の北端の中央にある内裏から

南に向かって都を見渡した天皇の視点を基準に、

中央の朱雀大路から左手を左京

右手を右京と呼んだことによります。

 

俯瞰で作られる地図では

その「左」「右」が逆になるというわけです。

 

区から先の表示ももちろん京都市にしかないもの。

 

たとえば京都市役所の住所は

「京都市中央区寺町通御池上ル上本能寺町前町488番地」

と表示されます。

 

これを「読み下す」と、

「京都市中京区の寺町通りと

御池通りの交差点を

北にいったところにある

上本能寺町488番地」

となります。

 

つまり

「通りの名前1」「通りの名前2」「方角」

の順番に表記されているのです。

 

交差点から見て当該建物が北側にあれば

「上(あが)ル」

南側にあれば「下(さが)ル」

東側なら「東入(い)ル」

西側なら「西入ル」と表記します。

 

平安京では通りが碁盤の目のように

ほぼ直角に交差していたので、

こういう表記が成立するわけです。

 

通りが座標軸のような役目を

果たしているといえるでしょう。

 

 

 

「住居表示に関する法律」の改正

 

「住居表示に関する法律」

によって進められた

住所表示の変更ですが、

さまざまな不便が解消された反面、

歴史のある地名が失われるなどのデメリットがありました。

 

昭和40(1965)年に、

文京区弥生町2番地3番地の住民83名が

根津一丁目への編入を不服として

町区域名変更処分の取り消しを求める

訴えを起こしました。

 

昭和48(1973)年には

最高裁判所の判決により

住民の訴えが却下された

第1審判決が確定されましたが、

これに先立つ昭和42(1967)年に

「できるだけ、

従来の区域及び名称を尊重するものとするとともに、

住民の意思を尊重しつつ

慎重に行なうよう手続を整備しようとする」ための

「住居表示に関する法律」の改正が

施行されていました。

 

同法は昭和60(1985)年にも

「住居表示の変更に当たって

旧来の町名等がより一層尊重されるよう、

町名等を定めるときは従来の名称に準拠することを

基本とするとともに、

住居表示の実施に伴い変更された由緒ある

町名等の継承のための措置を講じようとする」

ための改正がなされました。

 

歴史や由緒のある町名や地名は、

わたしたちの文化的財産の一つです。

 

生活上の便宜を計りながらも、

それらがなるべく損なわれることのないように、

わたしたちの意識をつねに置いておきたいものです。

 

 

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